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随心記

浪人生です。何となく書いています。読みたかったら読んでください。

ハンガーから、落ちている。

宣言。自惚れる。僕はこれまでの人生であまり敗者(一義的には言いづらいものだが)になったことはあまり無い、と思っている。部活でも勉学でも交友関係でもさほど苦労はしてこなかった。敗者などあまり目にかける必要も無い、負けたのが悪いと思っていた。それがどうだろう、今では自分が受験世界における完全な"敗者"となっている。人より劣っていることを示した*1結果が目の前にあるということがこんなにも絶望的だとは誰が想像したのか。

よく、"人間は勉強とか学力よりも人間力の方が大事だよ"、という言葉を耳にする。これは多分①めちゃくちゃ勉強が出来すぎる故に自分が完璧人間だと思っている人の上から目線、か②学力(この際学歴とほぼ同義)を手に入れられなかった人からのせめてものジェラシー、このどちらかに帰来するものと考えられる。もし、ぼくが上記の言葉を口にしたら、もちろん100人いれば100人が②と答えるだろう。とても自明。怖い、結局学歴社会なのだろう、この現代社会は。学歴がベースになってそこから一人間としての判断を受けるわけなんだ。スタートラインに立つことすら出来てない自分は社会を語る資格すらない非人間の存在だと考えた方が良さそうだ。残念、これが現実。

あと、ここ何日かで思うことは勝者(ここでは現役進学組のことを指す)と敗者(浪人)の世界は一生交わることはないし、互いを理解することも出来ないってことだ。大学のカリキュラムだ、履修登録だ、身体測定だ、話すのは自由だ。むしろ大学生になる人からすれば当然の会話なはずだ。ただ、僕の目からすれば、僕がいる場でそのような話をするのは傲慢、見せびらかし、嫌味としか言いようがない。欲しくてたまらないものを見せびらかされている、まるで檻の中と外の関係のようだ。檻の外に出たくても出られないのに檻の外をうろつかれているような気分になる。気分がいいわけがない。SNSの場合、見ない、リムる、垢消しをするなど、こちら側の対策が可能だが、対面では無理だ。無理。耐える、耐えないの問題ではなく、本質的に何か生き物として違う存在だと考えた方が早いぐらいだ。勝者が敗者を顧みないままの状況は、お偉い官僚様が牛耳り高給を貰い、国民のため、と銘打って働くシステムが機能していない現状と同じだ。プレミアムフライデー、働き方改革、何一つ上手くいってないじゃないか。つまりそういう事だ。

じゃあ、何が必要なのか、と言われれば、勝者が敗者の話を聞く事だと思っている。僕はそのためにもこうやって文章を書いている。自分の気持ちを吐き出す場であると共に勝者に情報提供をする場でもある。理解はできなくても相手の状況の把握はできるはずだ。把握するだけでも何か変わるはずだ。具体的なものではなく個人個人で異なる抽象的なものなはずだけど。あ、浪人する人、この人はこんなこと思ってるんだ程度でいいから、まずは把握して欲しい。把握、してみませんか?落ちているものを拾って、と言っているんじゃなく、落ちている事実を認識して、と言っているだけだ。よろしく。

*1:1つの価値基準に基づくものであるだけ