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随心記

浪人生です。何となく書いています。読みたかったら読んでください。

考えながら

パスカルは"人間は考える葦だ"と言いました。ヒトは個体としては小さい存在だけれども、考えること、思想を持っている存在であるという点で自らの力で人生を軌道修正することが出来る、という意味だと解釈しています。

私は大学では社会学を専攻したいと思っていました。理由としては社会学がある意味での"何でも学部"だからです。まあ世の中の学問は重層的に繋がりあっているものですし、法学だったから法律だけを勉強するか、と言われたら答えは否でしょう。ただ、将来何をしていたいか、どんな自分になりたいかという事が描けていない私は、一つに絞られない社会学がいいかなあというような単純なマインドの下で社会学を想像していました。

今振り返っても、目的意識の薄い受験勉強は身にならないものでした。大学生になれたら嬉しいな、程度での勉強です。闇雲に目の前にある参考書を読み、問題を解くだけでした。必死に大学でやりたい事をやるために勉強し、受験を迎える人に勝てるわけがなかったのです。成績は校内でも中の上、上の下?浪人は無いでしょう、のような心情を抱いていてはまあ無理なもんは無理でしたという訳です。

未来を描けないままに努力することは不可能なことではないかもしれませんが、難しいことです。理想形が頭にあり、その理想を実現するために必要なステップを考え、踏んでいく意思を持ち、努力を続けることが成功するための一つのキーだろうと思います。未来について考える時、否定的な事を考えていては始まりません。最初から色々なことが出来るヒトはいないのですから、未来を達成するために必要なことを考え、肯定感を持つことが重要です。

これらは昨日夕食を共にした友人に諭された事です。友人(仮にAとします)も今年の入試は縁がなかった人なのですが、私と大きく異なり、将来の設計図を既に描くことの出来ている人間です。Aは将来起業するのを目標としていて、医師免許は食いっぱぐれないために取っておくそうです。そんな不確定な未来まで自分で道を定め、切り開こうとしていくAのハングリー精神には驚かされました。そのような考えを持つAに、私はめちゃくちゃ怒られました。未来の事を考えず、自分で挑戦する前に可能性を閉ざしている私は彼には理解不能の存在だったのでしょう。上記の事を責められた私は返す言葉がありませんでした。私は自己肯定感が低く、更に失敗を恐れる性格なので.大きな目標を立てることなどなく、目覚しい努力などは本当にしてきませんでした。それをすべて見抜かれていたのです。

ただこんな事を親でもないのに真剣に言ってくれる友人はそうそう現れるものではないと思い、有り難さに心が包まれました。

私は今、親とも話しながら自分の将来について様々なベクトルから考えています。職業であったり、大学で学ぶことであったり… これまでは考えることから逃げていました。未来をマイナス的にしかイメージしなかった過去はもう終わりです。少しは未来を描けてきました。就きたい職業も決まりつつあります。人に尽くすことが好きな自分に合う仕事が頭に浮かんでいます。叶えたい将来を得るためには何が必要なのか、考えています。ネガティブな自分、闇雲な自分とはサヨナラです。人間として、"考えること"をしっかりとして生きていきます。

浪人が決まったからこそ自分を見つめ直すことができ、修正できる機会を得られました。これを無駄にする理由はどこにもありません。大学生になる同級生よりも将来大きくなれるように2017年を過ごしたいと思います。